コラム
ロング・アンド・ワインディング・ロード
製造部
中学生のころラジオで録音したビートルズを狂ったように聴いていた日々があった。
僕と年代が近い人たちなら憶えているかもしれないが、当時、ラジオで何が流れるか曲目をくわしく掲載した雑誌があった。よく見かけたのはFM STATIONだったが、ほかにも同種の雑誌として、FMレコパルやFM fan、週刊FMというのもあったと思う(ここはあえてネットで調べたりせず、記憶だけで書き綴りたい)。僕の周りではFM STATIONが、一番人気があったと思う。この雑誌の特色は、鈴木英人のシティ感覚あふれるお洒落で洗練された表紙イラストと、そのイラストが使用されたカセットケースのレーベルが綴じこまれていたことだ。このレーベルは鋏とかカッターで雑誌から切り取って使用するわけだが、何せこれが抜群にかっこ良かった。僕が住んでいた多摩の片田舎・立川のどこにもこんなイラストのような風景は存在しなかった。もうこれは最高としか言いようのないものだった。
ラジオ番組をカセットに録音したら、切り取った鈴木英人イラストの裏面というか内側に、ラジオの内容――多くの場合それは曲目リスト――をペンで書き込む。書き損じたら大変だからその時だけは否が応にも緊張感が高まったものだった。背には贅沢をしてインスタントレタリングを使って一文字一文字タイトルを張り付けていく。何せワープロなんて誰も持ってなかった時代だ。そうやって一本一本手をかけて増やしていったカセットコレクションは、大好きな音楽を何度も繰り返して聴くための大事なアイテムだった。そんなカセットコレクションに、自分史史上、最大にして最重要な一本が加わる時が訪れた。
1月の冬休みが終わって学校の授業も始まったばかりのころだったと思う。NHK FMで平日の夕方、「軽音楽をあなたに」というその名のとおり軽音楽を毎日流す番組があって、特段頻繁に聞いていたわけでもなかったのだが、FM STATIONの番組表に毎週火曜日の担当DJ・松原みきが1月に4週連続でビートルズの特集をすると掲載されており、曲目も毎回2時間たっぷりの内容だった。当時僕はいわゆる全米チャート――FM STATIONには提携していたCASH BOX誌の最新TOP100が掲載されていた――をチェックし、前年に「ライク・ア・ヴァージン」で大ブレイクをはたしていたマドンナを筆頭に、周りの誰もが聴いていたデュラン・デュラン、カルチャー・クラブ、フランキー・ゴーズ・トゥ・ハリウッド(FGTH)といったヒット曲中心で聴いていた。もちろんビートルズだってその名前くらいは知っていた。今だってそうだと思うが、ビートルズの名前すら知らない人なんて、この世にいないだろう。そういうアーティストがビートルズだ。
話が前後するが、ちょうど年末年始に、これもまたNHKになってしまうのだが、テレビで「ビートルズのすべて」という非常にストレートなタイトルの番組が放送されて、親が見ていたのを僕も一緒にそれを見たのだ。当時、テレビは一家に一台が普通だったから大抵の番組は親と一緒に見たものだ。年末年始と書いたが、何夜にもわたって放送されたというわけではなく、おそらく、年末に初回放送、年始に再放送とか、そういった事情だったような気がする。記憶が定かではないがこれもネットで調べたりはしないでおこう。何しろ40年も前の話だから細部の記憶がおぼろげなことはご容赦いただきたい。そしてこれが、僕がビートルズを意識的に認知した初めての出来事だったのだ。
この「ビートルズのすべて」は後年、「The Complete Beatles」という海外で作られたアーティスト非公認のヒストリー映像であることが分かり、とはいえ、その後90年代に本家本元が「ビートルズ・アンソロジー」という決定的なヒストリー映像を発表するまでは、映像で見ることができるまとまった唯一のビートルズ・ヒストリーだったのだ。2時間の中に、メンバーの生い立ちから始まり、ジョンとポールの奇跡の出会い。そしてレコードデビューし彼らが作りだす音楽が世界中のティーンエイジャーとチャートを席捲。狂乱のライブ活動。ライブに嫌気がさしレコーディングに没頭。その才能を爆発させた革新的なアルバムを次々発表。その大きすぎる個性と才能ゆえにメンバー間に亀裂が生じはじめ、そして1970年にグループはその最後を迎える。
圧倒的だった。
そして話は戻り、「軽音楽をあなたに」につながる。夕方4時から6時の番組をDJ部分は抜いて90分のカセットに録音し、その後急いで塾へ出かけた。
録音のタイミングに失敗してイントロが少し欠けてしまった「プリーズ・プリーズ・ミー」で始まり「ザ・ロング・アンド・ワインディング・ロード」で終わるその90分のカセットを毎日聴き続けた日々から、ずいぶん遠くに来てしまった。そのカセットは今でも2年前から無人となっている立川の実家の部屋の押し入れの中に眠っている。近い将来、僕が老人になって、それを取り出して再生してみる日が来るだろう。そしてスピーカーから流れてくるビートルズは、僕の心を中学生だったころに巻き戻してくれるに違いない。