コラム

『ノマド』を読んで

総務部

 当社で制作に関わった『ノマド』(春秋社発行)という作品をご紹介したいと思います。出版は2018年でしたが、今年、アカデミー賞の作品賞、監督賞、主演女優賞を獲得した映画「ノマドランド」の原作ということで、この労作に再び光が当たることになったのが、大変嬉しいことです。映画の内容は、この原作<ノンフィクション>をもとに、多くの脚色がなされ、また映像の美しさも見どころになっているようです。

 ノマド(nomad・英語)の意味は「遊牧民」「放浪する人」であり、2008年のリーマンショック以降、年金では家賃を払えず、自宅を手放し、車上生活に移行せざるを得なかった主に60代以上の人々のことを指します。
著者はジェシカ・ブルーダーというジャーナリストであり、3年半もの時間をかけ、数百人に及ぶノマド(キャンピングカーで移動しながら、夏はキャンプ場、冬はアマゾンの倉庫などで働く人々)たちに取材を行ったノンフィクションです。「本音」を引き出すために、自らも車上生活をし、ノマドと行動を共にしながら、彼らの信頼を得、その生活を実感していきます。
 著者はこの現象をアメリカの格差社会問題、経済問題として捉える一方で、彼らの生き方に共感を覚えていくのです。特に魅力を感じた中の一人が、リンダ・メイという女性です。彼女は行く先々で仲間に食べ物をふるまい、キャンプファイヤーを囲み、冗談を言い、いつもその中心にいた人物です。明るく逞しいその姿によって、仲間の共感と信頼を得ていくのです。
 彼女はこのノマドという生き方を選択したことによって、自分の生き方を見つめ直し、人としての尊厳を取り戻していきます。
 リンダをはじめとしたノマドの印象深い言葉がありました。
「自分たちは「ハウスレス」ではあるが、ホームレスではない。」
「ホームレスは車で生活しているかもしれないが、それは社会のルールが嫌だからじゃない。ホームレスの目標は、居心地が良くて安心できる社会の支配下に戻ること。ノマドは破綻し腐敗した社会秩序に意識的に異を唱える者。自ら運命を選んだと考えることに意味がある」インタビューしたノマドの多くの人たちは、二度と以前の暮らしに戻るつもりはないということです。
 リンダの4月28日の24回目の断酒記念日には「こうして書いていると感謝の涙がわいてきます。一番年長の孫は21歳になりますが、今日までずっと、私はあの子にとって優しい素面(しらふ)のおばあちゃんでいられたのです。祈りはかなえられました。私は幸せで、楽しくて、自由です」
「私の人生はずっと山あり谷ありだった。その中で一番幸せなのは、ほとんどものを持っていない今よ」
 やがて彼女は「人は一生で一体どれだけのゴミを生み出すのか」という思いを出発点とし、消費者文化についての今後を考え、「アースシップ」の建設にたどりつきます。このアースシップは、古いタイヤや瓶、空き缶などの廃棄物を建材として使用します。タイヤは日中は太陽の熱を吸収し、夜間にはその熱を放射し、室内の温度を一定に保ちます。雨や雪解け水は貯水槽に流れ込み、濾過され、飲料水や生活水になり、温室では有機野菜の栽培ができます。砂漠など周りの環境と調和して有機体のような再生可能な建物です。アースシップは自由と美、そして地球との繋がりを感じる象徴でもあるわけです。苦労と模索を重ねながらも、常に前を向き生き生きと生きるリンダ。
 著者ジェシカ・ブルーダーは「苦しい時に知らない人の前で平静を装うのは人間の性だ。それと同時に、ノマドの態度には何かそれ以上のものがある。私が目にしたのは、人間というものは人生最大の試練の時でさえ、もがき苦しみながらも同時に陽気でいることができる、ということだ。彼らが現実から目をそむけているということではない。それは、逆境に直面した人間が発揮する驚くべき能力―――適応し、意味づけ、団結する能力―――の証明だと思う」と語ります。
 今、世界は感染症、経済破綻、気候変動、人種差別などさまざまな問題を抱えています。改めて本当に幸せな人生とは何かということを考えさせられます。いつの時代もこういう困難な時はチャンスなんですね。「本当の幸せとは平穏無事ではなく、苦悩や困難を突き抜けたところにある」、という言葉を思い出しました。

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