コラム
21世紀の資本
製造部
年末年始の出版業界の話題といえば、やはり「21世紀の資本」の大ヒットでしょう。Amazonランキングで1位を獲得した本書は、実際、僕の訪れたすべての大型書店で、正面入り口の一番目立つ場所に豪快に平積みされており、世間での関心の高さをうかがわせます。
科学エッセイでも啓蒙書でもない純然たる学術書、それも700ページもある重量級の本がここまで売れるのは、日本の出版業界においてまさに歴史的な出来事である言っても過言ではないと思います。
本書で扱われている格差の問題に多くの人が高い関心を持っていることが、ヒットの大きな要因の一つであるというのは、まあ間違いないでしょう。ただ僕が個人的に本書に興味を持った理由はもっとふわっとしていて、それは世の中に充満する「先が見えない感」に対する説明の不真面目さへの対抗措置みたいなものだったりします。
格差をはじめとする世界の様々な困難を知らされた時、それに付帯する識者を名乗る人たちによる不真面目な、つまりミスリードの誘発が目的のコメントは、ニュースに直面した時点で湧きあがるやるせなさをただ増幅させるだけです。もっと真摯に客観的な現状を説明してくれる人はいないのか? そんな素朴な感情に対して、何らかの答えを与えてくれるのではないかという素朴な期待こそが、僕が本書を手に取ったあくまで個人的な理由です。
前置きが中学生の作文みたいになってしまいました。本題に入ります。先日1月10日、紀伊国屋ホールにて開催された山形浩生氏・飯田泰之氏による、本書をテーマとしたトークショーを拝見する機会に恵まれました。日本のこのジャンルに置いて、最も人気が高くかつトークの名手として名高いお二人の対談とあって、会場は満員、大変な盛り上がりを見せたイベントとなり、有意義な時間を過ごすことが出来ました。
飯田氏による山形氏へのインタビューという形式で進行されたこのトークショーの具体的な内容に関しては、たぶんどこかの経済学に詳しい誰かがブログ等にちゃんとしたレポートを掲載しているに違いないので、ここでは割愛し、代わりに一連のトーク中でもっとも僕の印象に残った言葉を紹介したいと思います。
それは飯田氏の「誰にこの本を読んで欲しいか?」という問いに対する山形氏の回答です。山形氏によれば、本書は現代思想系の本のように難解な言葉が頻出するわけでもなく、文章自体はかなり読みやすいものとなっており、しかもリーダビリティを高めるための工夫が随所になされている。決して読者を限定する様なタイプの本ではない。だから「とにかくみんなに、出来るだけ多くの人に読んで欲しい」とのことでした。
おそらくそれは、本書の出版に関わったすべての人に共通する願いだと思われます。
ピケティが歴史を精査し導き出した結論は、読者がこれまでなんとなく感覚的にしか捉えていなかった格差という概念を、共通認識として機能すべく明快に提示してくれました。「俺はここまで証明してあげたよ。あとはお前らが何を考え、何を議論すべきか当然分かるよね?」ってことでしょう。舞台は完成しました。あとは知性溢れる魅力的な役者の面々による前向きで正直な素晴らしいパフォーマンスが始まるのを待つばかりです。それを客席の片隅で食い入るように見つめる自分の姿を想像し、ちょっと嬉しくなった一日でした。
戸田工場品質保証課